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「何を守りたかったのかね?」 [フィクション]

ちょいと。ああ、お前さんお前さんさ。
アタシ?アタシはただの道化さね。
何、ちょいと訊きたいことがあるだけさ。何もとって喰おうってんじゃない。

アタシが知りたいのは、これから話す男が、一体何を守りたかったのか、ってことさね。
ああ、ちょいと長い話だよ。
その男は、隣村に仕事で引っ越すことが決まってる。公には、栄転さね。
だが、村の連中は誰もそんなことは思っちゃいない。実際は、体のいい厄介払いだってね。



村はそんなに豊かじゃない。村人が毎日あくせく働いてやっと全員の食い扶持がまかなえるか、って程度さ。男はそんな村で、官吏をやってた。村の管理する田畑を管理する仕事さ。村の田畑はそれなりに数も広さもあってね。
男はそのうちの何枚かの管理を任されていた。他の官吏に比べると、数も少なきゃ土地も細い。ま、その程度なのさ。
ああ、実際に田畑を耕して収穫するのは男じゃないよ。小作人さ。田畑一枚に一人村人が小作人として割当たっててね。そいつらが毎日耕して、収穫をしてたのさ。


男は、毎日朝早くに田畑を見渡せる丘にのぼっちゃ、満足げに見渡して役所に帰るのを日課にしてた。時折、田畑のそばにいっちゃ小作人の仕事っぷりやら作物の出来やらにあれやこれや文句をつけて、小作人がへいこらするのを眺める、それが男の仕事だった。
何、土なんか触ったことがない、鍬だの鋤だのもったこともない男だ。田畑のことなんか何も知りゃしない。小作人はまともに男の言うことなんて相手にゃしてなかった。適当に手を抜いてたから、ぶっちゃけ男の管理する田畑じゃ、そんな大して収穫なかったのさ。男の管理する田畑じゃ、男や小作人分の食い扶持分も作れちゃいなかった。他の官吏連中の田畑の収穫で、村は持ってたのさ。


そんな男のところに、新しい小作人が来た。これが、馬鹿でね。他の連中が適当にやっとけばいい、ってところを、真面目にやっちまったのさ。
男の言うこともまともに聞き、田畑の手入れもまめにやり、果てはほったらかされてた他の連中の田畑まで面倒を見る有様でね。
その年の秋は、例年にない収穫が上がっちまった。男はもう、それは喜んでね。
自分の上司に言ったのさ、"私の日ごろの指導のたまものです"ってな。
そして、翌年に備えて買ったのさ。鞭を。
今まで収穫が上がらなかったのは、小作人たちが自分の言うことを聞かなかったからだ。だから、言うことを聞かせりゃ、今年よりも収穫があがるってな。
そして、次の年は田畑のそばに鞭を振り回すようになった。


結局鞭をくらってたのは、後から来た馬鹿な小作人さ。他の連中は要領よく逃げてたからね。
鞭をくらった馬鹿な小作人は、それでも一層真面目に働いたのさ。鞭が怖くて?まあ、それもあるがね。


馬鹿な小作人は馬鹿なりに気にしてたのさ。自分の食い扶持分すら収穫できてない、村のお荷物だってことを。
馬鹿だねぇ。元々土地が細いんだ。かといって肥料もろくろく手に入らない、鍬や隙を砥ぐまともな砥石すらない。
村の周りの連中の田畑は、男の管理する田畑よりは土地が肥えてるんだ。小作人連中も官吏もまともに働いてるから、人手もある。道具や田畑の手入れも行き届いている。
馬鹿な小作人一人があくせく働いて、どうなるってもんでもないだろう?
それでも馬鹿だから、自分の飯を減らして村に収める分に回して、みんながもう休んでる真夜中や雨の日まで働いて。
そして、男の管理する田畑は前の年よりちょっと収穫が増えたのさ。
男は喜んださ。そして、翌年に備えて買ったのさ。最新鋭の農学の本とやらを。”最新!これであなたも収穫20倍”だったか。
今年収穫が増えたのは、自分の指導が上手くいったからだ。だから、もっと指導してやればもっと収穫があがるだろうってね。
そして、その次の年。男は分厚い本を片手に鞭を喜々として振り回してたさ。その分厚い本を買う金の十分の一もあれば、肥料も、砥石も5年は持つだろうってぐらい買えたんじゃないかね。


ああ、つまんない話が長くなっちまったね。そうそう、訊きたいのは男が何を守りたかったんだってことさ。男だよ。官吏。馬鹿な小作人じゃない。
後の話をかいつまむと、まあ、上手くいかなくなったのさ。馬鹿な小作人が減らせる食い扶持も、削れる睡眠ももうなかった。元々、無理して働いた分、体はぼろぼろで無理が利かなくなったのさ。
男は焦った。焦って鞭を今まで以上に振りまわした。ぼろぼろになった小作人は避けられず一層まともに食らって倒れこむ。そして男は一層焦って鞭を振り回す。
男は焦った。金をつぎ込んで農業の大家とやらを呼んでみたり、最新鋭の機械とやらを買ってみた。出てきたしち難しい報告書は誰もよめやしない。最新鋭の機械とやらは誰も使いこなせず蔵に眠った。
その金がどこから出たかって?村の金さ。


なんだかアタシゃ感じたのさ。男は何だか"守るのに必死"だってね。じゃあ、それは何なのさってね。
収穫?あがるわけないじゃないか。
村の金?だったら使いやしないよね?
名声?もともとないよそんなもん。
実績?元はなかっただろ。
自分の田畑?元々村のもんだって。
自分とこの下の者?鞭をふるっといて?
自分の能力?ないって。
最新の農学書?鞭?


ちょっと考えりゃわかるだろう?収穫が上がったのは男のおかげかい?鞭のおかげかい?農業書とやらのおかげかい?
そんなことよりちょっと田畑におりてみりゃ、自分の管理する田畑が他の田畑に比べて草取りが行き届いてないだの、土に石が取りきれてないだの、虫が多いだの、みりゃあわかるのさ。
馬鹿な小作人が来てからでさえそんな有様だ。元がどうだったかなんざ、推して知るべしってね。
男にアドバイスした連中もいなくはないんだ。だが、何でだか男は聞かなかった。小作人連中も、何も言わないじゃなかった。だが、何でだか男は耳を貸そうとしない。田畑にはおりない。


アタシゃね、不思議に思わずにはいられないんだよ。今のまま秋になれば、収穫なんざあがらないのは誰しもわかってる。鞭を振り回すのをやめれば、馬鹿な小作人の動きはましになるんだ。蔵にしまった最新機器を売ってその金で草刈り機でも買えば、今からでも多少ましにはなったはずなんだ。
それでも男は、丘の上から自分の管理する田畑を眺めて役所に戻り、時々田畑のそばで鞭を振り回し。
その姿を思うたび不思議でしょうがないのさ。
一体、男は何を頑張って、何を守ろうとしてたのたんだってね。



その後かい?まあ、引っ越すことになったんだから、大体想像はつくだろうけどね。
とうとう、村の連中が放置できなくなったのさ。前々から、馬鹿な小作人が夜中まで働いているとか、鞭を振り回してることにおかしいと思ってる連中はいたんだがね。男の管理する田畑よりもっと大事な田畑の方が大変でね。そっちにかまけちゃいられなかったのさ。
だが、凶作がきちまった。どこの田畑もぎりぎりだ。村の蓄えを取り崩さなきゃ今年は村が持たないって状況でね。そして、男が使った村の金が問題になったのさ。その金があれば、一日1食に減らした飯が、2食になったのにってね。
そんな状況下でも、男は相変わらず、丘の上から自分の田畑を満足げに眺め、鞭を振り回してたわけでね。


手続き上は横領でも何でもない。馬鹿な小作人が夜中働いていたのも、馬鹿な小作人が勝手にやったことさ。鞭を振り回すのも、まあ、官吏なら認められていることだからね。
とはいえ、稼がない口を食わせる余裕は、村にはなかったのさ。


さぁて、アタシの無駄話は終わった。さて、教えておくれよ。
男は、何を守りたかったのかね?
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