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なくなっていい。 [仕事]

世の中の人は何とも言わば言え。我が成すことは吾のみぞ知る。

坂本龍馬
by 起-動線


現在の職分は、ソフトウェアのテストエンジニアです。

とは言いながら、今のテストは、なくなるべきだと思っています。

私情も思いっきり挟まっているのは事実です。

元々、テストという職分を目指していたわけでも、目指しているわけでもない。
あくまで、お客様に製品を提供することを責任もって行うために、その中核であるモデリングや設計を志向しています。自分の適性もそこにあると信じています。
それが、はじめからそこへ行く道を用意され、何を苦労するでもなく歩んでいく方を傍目に、上流から垂れ流される不具合にひぃひぃ言っているわけで。
# 相当僻み入ってます。だって、努力しない人はいませんから。

それでも最終的にお客様へ良い品質のものを届けるため、望むものを渡すため、必死にテストをして問題を発見しても、不具合を指摘してまず返ってくるのが"本当にそんなものあるの?"という開発者からの疑いのまなざしです。
# 実際に見ていただければ、あっさりおさまりますが。
# レベルの高い開発者の方は、そんな目しませんが。

「この仕事の何が楽しいか?」と問われれば、「そんなもんない」と即答します。
楽しいからこの仕事をしているわけではない。
あくまで組織としてお客様が望むものを提供する責任と、偏った正義感と自尊心です。
必要だから、憎まれ役も買って出る。ただそれだけのこと。

もし新しい人が入ってきても、まず同情します。


今のテスト、で指しているいるのは、設計の不備を作成したソフトウェアをテストしてたたき出すようなテストです。
もちろん、それが有効であり、必要なものだとも認識しています。

そもそも、作りこむから不具合なんです。
作りこまなきゃいい。
設計段階で設計品質が高ければ、0にはならなくても実装される不具合は格段に減るはずです。

動かさなきゃわからない。それは確かにそうでしょう。
だけど、動かさなければわからないからといって、事前に何がどうおこるか考えないのは論外でしょう。
動かさなければわからないからといって、わかりきっている問題に対処しないのは論外でしょう。

完全にすべてを考慮することは限界があります。
だけど、すべてが考慮できないからといって、設計を詰めておけば済んだものを、放置していいということにはならない。

すべてが考慮できないなら、考慮できないもの以外をすべて詰めておけば、考慮できないものを確認する時間ができるでしょう。


テストは重要です。
でも、テストの本質は、"実際のモノが求められているものと同じか?""求められている要件を満たしているか?"ということです。
問題を洗い出すのは二義的な目的でしかない。


私の職場でもテストの重要性がますます叫ばれています。
私はその中で、違和感を覚えていました。
問題をお客様のところまで流出させることは確かに問題だ。
だけど、それは、テストで食い止めるという問題なのか?

本質的には、問題を発生させないようにしなければ、対策にならないのではないか?
だとしたら、やらなければならないのは、テストの充実ではなく、設計品質の向上ではないか?
テストという下流工程に人モノ金をつぎ込むより、設計・分析という上流工程を充実させる方が先ではないか?

確かに、テストをすること、テストを充実させることで、設計の不備を洗い出し、結果的に設計の向上につながることがあります。
だけど、本質的には、テストと呼ばれているプロセスの中で行われた、「設計検証」。それが設計の向上につながったものです。
テストが設計品質の向上に即結びつくわけではない。
# 要は、テストして不具合出しても、直さなきゃ直んないんです。


そんなことを考え、一ヶ月ぐらいいました。
そして、決めました。
この半年ぐらい、5月から11月ぐらいまで本腰を入れてテストを追いかけてみようと。
今のテストを拡充するためではなく、今のテストをつぶすため。

他人が作りこんだ問題の不具合のツケを払うのは、誰も幸せにならない。
他人のツケを払うのは、もう終わりにしていい。
自分の責任を引き受けることが、みんなの幸せだと信じてる。


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コメント 4

もん

nice! A hundred times.
by もん (2007-04-21 20:48) 

Mishika

>もん・とれぞーさん
ありがとうございます。

やんなきゃいけないと思ってから、この記事を書くまでも結構時間がありました。
本腰を入れてテストに向き合う、ということは、その分自分がテスト専門になってしまうという危惧も常に付きまとっていて。
もちろん、責任を追う、その腹をくくったようで括りきれていなかった自分もいまして。

nice!とコメントをいただけて、甘えたようですが、力を分けていただいたような感じです。
by Mishika (2007-04-21 23:18) 

もん

>腹をくくったようで括りきれていなかった自分もいまして。
誰だって、そうですよ。Mishikaさんだけじゃない。
使命感と自己矛盾、疑問葛藤の繰り返しじゃないでしょうか。

ただ、今のそのお気持ちが「臍(ほぞ)」に落ちたように、すんなりと収まってあるのなら、それがMishikaさんの確信に一番近いものでしょう。今は。
by もん (2007-04-22 00:12) 

Mishika

>もん・とれぞーさん
ありがとうございます。

臍に落ちているというより、押し込んでいる、という表現が正しいでしょうか。(苦笑)
押し込んだパワーをばねとした瞬発力で動く、感じですね。
すべて飲み込んだ納得だったら、自然体での無理ない全力発揮ができるのでしょうが。(苦笑)

それでも、迷って動かないよりは、というのが本音です。
by Mishika (2007-04-22 09:04) 

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